生まれてきた訳を考えろ

この講義をご覧になっている人の多くは願望をお持ちだろう。お金持ちになりたい、車がほしい、希望の職業に就きたい、いい人と巡り会い理想の家庭を築きたいなど内容は様々だが、一応に「叶えたい」という対象をお持ちのはずだ。

そして、その願望達成のため、日々実践している熱心な方々もいるはずだ。確かに、人生は修行の場であるから、好ましいことである。当然、私もそのこと自体を否定するつもりはない。

しかし、実践を重ね、ある程度霊性が高まると気づくことがある。自分のやらなければならない使命である。言い換えれば、何のために生まれてきたかということだ。

願望を実現させ、人生を自分の描いたとおりのものにすることは、努力が必要であり、それ自体敬意を払うべきことである。

だが、考えてほしい。みなさんはお金を稼ぐために生まれてきた訳ではないのであろう。車を買うために生まれてきた訳ではないのであろう。

別の言い方をすれば、お金を稼いだ後はどうするのか。車を買った後はどうするのかということである。

かくいう私も今まで多くの願望を実現させてきた。自慢するつもりはないが、豪邸も手に入れたし、外車も数台所有している。もちろん、それを手にしたときは嬉しいものだが、多くの物を手に入れていくうちに気づいた。家や外車を買うことが私の人生のゴールではないということをだ。

こうして現在に至るが、今は何かを手に入れるよりも、世のため人のために尽くすことに生きがいを感じているというのが私の正直な気持ちである。

私の知る、世間で言えば成功者と呼ばれる人たちも、成功を手に収めた後は、世の中の人のためになることを始めている人が多くいる。

人を幸せにすることの素晴らしさに気づくと、それが本当の生きがいになってくるのだ。決して、お金ばかりの世界ではなくなってくるのだ。だから私は、日頃から、何のためにこの世に生を受けたのかを自分に問いただせと言っているのだ。

億万長者になるため日々努力している人もいるであろう。それどころか、借金地獄に陥ったり、過酷な労働を強いられ、何とか現状から抜け出すことしか考えるゆとりのない人もいるであろう。もちろん心に余裕がないことは解っている。

しかし、何度も言うように億万長者になることや借金地獄からの脱出は人生のゴールではないはずだ。いや、ゴールにはなり得ないはずである。そうなるためのみに、この大宇宙から生を受けた人などいないからだ。

僅かな時間でいいから考えてほしい。自分が何のために、何をするために生まれてきたかということを。

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